写真集の販売を記念して、中西敏貴氏と共にプロデューサーの石川 薫氏、アートディレクターの三村 漢氏と語っていただきました。


- 今回の作品集『Design』は中西さんの他、プロデューサーとして隔月刊『風景写真』編集長の石川 薫さん、アートディレクターの三村 漢さんが参加されていますね。このチームで制作した経緯を教えてください。

中西 : 僕は『ORDINARY』までに3冊、写真集を出させてもらってるんですけど、それらは編集者がそれまでの僕の作品のイメージから発想した企画をもとにして、一緒に内容や構成を考えて作ったものです。それが普通だし、もちろんどれも良い写真集ができたと思っていますが、写真集の良し悪しとか売り上げじゃなくて、未知の領域に踏み込まないと、そこで写真家としての形が決まってしまうと思ったんです。それで石川さんに次の写真集を手伝ってもらえないか相談しました。

- それはどうして?

中西 : 僕は写真を撮るアーティストではあるけど、企画や編集、ブックデザインの専門家じゃない。その道にはその道のすごい人がいて、そういう人たちとチームを組むことで、セルフプロデュースでできるレベルを遥かに超えた仕事ができるのではないかと考えました。それで石川さんが写真の分野では珍しいプロデューサーという立場で写真集や写真展に関わっていて、どういう仕事をしているかも見ていたので、この人の力を借りられないかと。

石川 : 私も中西さんと同じことを考えていて、これからは写真の分野も音楽や映画のように、多彩なアーティストやクリエーターが力を持ち寄って、より高いレベルで作品を作っていかないと、さまざまな分野の表現があるなかで埋もれていってしまうと思っていました。

中西 : それで石川さんに漢ちゃん(三村さん)を紹介してもらって、この“チーム”が生まれたんです。

三村 : 実は以前に別の風景写真集を作っていたときに、たまたま中西さんの作品を目にする機会があって、すごく気になってたんで、石川さんから話を聞いてこれはもう絶対にやりたいと。

- 実際に『ORDINARY』を進めてみて、期待していたものは得られましたか?

中西 : 想像以上でしたね。

- それはどういうところが。

中西 : 漢ちゃんという人とつながれたことがすごく大きかったし、とにかく2人ともアイデアがぶっ飛んでる。最初に2人に話ししたのは「とんがったものをやりたい。一緒にやるなら全部お任せするつもりでいるので思い切ったアイデアをください」と。そしたら石川さんから「四季を無視して組まない?」と提案されて、まったく自分にはない発想だったので、もう笑っちゃうくらいびっくりしましたね。また、そのぶっ飛んだアイデアを平然と形にする三村 漢がすごい!

三村 : 僕がそれまで関わってきた写真集も、季節の流れをベースにしてストーリーを作って完結させるという一般的な構成で、それは間違いじゃない。でも風景写真集にはもっと別の可能性があるんじゃないかと探ってもいて、石川さんとの談義の中で四季組というセオリーを無視して作ったら面白いよね、という話が出たとき、その可能性が見えた気がしてウズウズしてきましたね。

中西 : “CHEMISTRY”と石川さんは言っていたけれど、ほんとにそう。化学反応がおきて良い意味で予想だにしない方向にいったかな、と思う。

三村 : 重層的な構造でこれまでにない奥行き感を描く風景写真集ができるんじゃないかなって思った。そこに中西さんが「自由にやっていい」と言ってくれて、ウズウズしてたのが一気に爆発した感じでしたね。中西さんの写真は、絵画とか、日本画とか、構図の美しさというか、形式美が根っこにあったりするから、四季を崩すことが躊躇なくできましたよね。

中西 : 四季で組むというのは風景写真の構成としてはスタンダードで、今でも僕のベースにその感覚はある。でもそこはこれまでにすごい先輩たちがすごい成果を残してきていて、僕らの世代が突き抜けて行こうとしたら、漢ちゃんが言ってくれた「形式美」とか「造形美」がキーワードじゃないかとちょうど考えていた時期だったんです。そこに石川さんから「四季を無視して……」と言われて、自分が考えていたことと自然に結びついた。

石川 : 大胆なアイデアが実現できたのは、いい意味で3人が互いの領域を侵食しながら進めたからだと思う。私と漢ちゃんは写真家じゃないけど写真家の領域に踏み込んで中西さんが選びたい写真も時には無視してしまう。なれ合いじゃないせめぎ合いが面白かった。

中西 : 出版社と写真家、という立場で写真集を作るには、当然、出版社側のビジネス面が優先されます。でも編集者も写真家という立場に気をつかってくれるから、互いにいろいろなことをオブラートに包んで話しているようなところがある。『ORDINARY』や『Design』での僕らのやり方は、やりたいことをやりやいようにやる分、ビジネス面の成果は今後の課題だけど、写真家が写真を発表していく上で次のスタンダードとなる可能性を見せられたと思っています。

三村 : 打ち合わせで飲んでばっかりって言われてますけどね(笑)

中西 : でも、今あらためて見ると『ORDINARY』には、これまでのスタンダードな風景写真的な見方を振り切れてないところが残ってますよね。

三村 : 若かった?

中西 : 浅かった(笑)。いやいや違うって! あくまでも『ORDINARY』を経験したから言えること。次は過去の自分を越えたいって思いの裏返しかも。まだ自分の形を決めたくはないし、だから集大成的に作品をまとめたくない。作品をまとめるときはいつも新しい領域に踏み込んでいきたいけど、『ORDINARY』の後、いろいろな人から「あそこまでやっちゃったら、次が難しくなるよ」って言われてますから。

三村 : それ僕も言われますよ。「中西さんって次は何をやるの? 大変そう」って。でも僕は今、写真を組むことで見せる面白みにワクワクしながら仕事をしている。『ORDINARY』とその後の仕事を経て、写真の組みによる相乗効果を提供できる自信になったし、それが『Design』にも生きています。

中西 : 僕は僕で、チームを組んだことで撮影の視野が広くなった。風景の美しい瞬間に狙いを定めて、それを積み重ねていくだけでなくて、撮りながら「この写真、石川さんや三村さんに預けたら、どう組むんだろう」って思うことがある。今までそんなことは考えたこともなかったけど、チームがあることで、むしろ風景との向き合い方は自由になったかな。

三村 : 本当はそこ、写真家が考えなくてもいいんですけどね(笑)。でも、考えてもらえるとハッピー。 撮るのは作家の仕事。組むときはこちら側で、というのでも別に問題はないけど、中西さんが言ってくれたように、写真家は組むことまで考えて撮ってくれて、僕らは僕らで中西さんの“次”を考えている。それが上手くはまれば一人では出来ないもっともっとすごい世界が見えるんじゃないかって。

- では、『ORDINARY』以降、『Design』はどんなやりとりを経て生まれたのでしょう?

中西 : 実は『ORDINARY』がまだ出来上がる前、印刷立ち会いで合流した時に既に3人で“次”について話していました。

三村 : あの時も飲んでた(笑)。

石川 : 私はただ飲みに行っただけ(笑)。

中西 : そうそう(笑)。でも、ただ飲んでたわけじゃなくて、「風景写真を変えていこう!」とか「日本の風景写真を世界に発信していこう!」みたいな話になって……。

石川 : それ言うと、ますます酔っ払って気が大きくなってるみたいに思われそう(笑)。

中西 : でも、あの時、3人で「次は今回よりハードルが上がる」というのと「上がってもそれを越えていこう」という意識が共有できたから、その後にやらせていただいた、RICOHのカレンダーや、写真展『unforgettable』(Canon Five Graphy)で次を見据えた攻めの模索ができたんだと思う。そんなところにタイミングよくキヤノンさんからDreamLabo 5000という印刷機で作る作品集を作ってみませんか、と声をかけてもらって、実物を見て見たら出力した色のヌケ感がすごい。 これだったらやりたいことができるかな、と思った。

石川 : プレミアム感のある写真集を小ロットで制作、販売できるというところに可能性を感じました。

三村 : 『ORDINARY』の成功でチームのアドレナリンが上がっていたのも大きかった。みんな楽しくなっちゃった。次は何をやろうか、と。

石川 : このチームなら“何かを変えていける”ような予感がするのが楽しい。

三村 : ワクワクしますよね。

中西 : でも楽しくて、ワクワクしてるんだけど、なかなか次のコンセプトが決まらなくて……。見えかけてるんだけど、はっきり形が見えないんです。そうしたら答えは意外なところから見つかった。自分では覚えていないんだけど、出演したドキュメンタリー番組「The Photographers3」(BS朝日)のエンディングで「次はどんな世界を目指しますか」と聞かれて、意識せず「造形感」と答えていた。

石川 : 「中西さん、次のコンセプト、自分ではっきり言ってじゃん。しかもテレビで」って(笑)、そこから『Design』のコンセプトを思いついて、はじめは漢ちゃんに聞いたのかな。そしたらすぐに「面白い!」って話になって。

中西 : 僕も聞いて「これだ!」って思って、すぐに『Design』 というコンセプトで DreamLabo 5000で作品集を出そうと決心がつきました。

- そしてまず2月のCP+2017(カメラ・写真関連の総合イベント)でパイロット版として『Design 0(ゼロ)』を発表されました。『Design 0』には『ORDINARY』で発表された写真も入っていましたね。

中西 : 元々『Design 0』自体、オール新作という概念はなくって、『ORDINARY』のチームが『Design』という新しいコンセプトの写真集を、DreamLabo 5000のクリアな発色を生かして作ろうとしていることを知ってもらうのが目的でしたから、あえて『ORDINARY』から数点を残して再構成しました。

三村 : 完全に今回の『Design』への布石という意識で作っていた。だから完璧な形ではなく、敢えて粗さを残してます。 見た人の「早く本物の『Design』を見てみたい」という心をくすぐるような、そんな形を狙いました。

石川 : だから印刷立ち会い時の“飲み会”はただ飲んでたわけじゃないってことだよね(笑)。あそこからちゃんと考えていたから、すぐにコンセプトが立ち上げられた。

三村 : 一応、石川さんも構成案のラフを作ってくれてたんだけど、実をいうとあれ見なかった。

石川 : えーっ! そうだったんだ!?(笑)。

三村 : いやいや、信用してないわけじゃないですよ! でも、あえて見ないようにして作ってみようかなって。

中西 : 石川さんが言っていたみたいに『ORDINARY』はお互いの分野を侵食して作ったところがあるけど、その点では『Design 0』は完全な分業制に近かったかも。僕の作品世界をベースに3人で共有した意識を石川さんが『Design』というコンセプトにまとめて、漢ちゃんが構成、アートワークという流れ。チームも進化している。時間がなかったというのもあるけど……。なにせ依頼から完成まで2週間しかなかったから(笑)。

石川 : 見てないんだ……。

三村 : いやいや、だからそうじゃないですって(笑)。

- CP+2017での『Design 0』の手応えはいかがでしたか?

中西 : キヤノンの人から聞いた話では、当日の『Design 0』 をベースにしてスライドトークが終わった直後から、買いたいという人からの問い合わせがすごかったそうです。僕の方にもたくさんの問い合わせがあったんですけど、誰がこの本に関わっているか、ということまで気にかけている人が増えたと感じてます。「『ORDINARY』のチームが手がけた本なら見てみたい」っていうのかな。

石川 : 「このチームが作る本なら面白そうだ」という反響は、正直、『ORDINARY』でチームを組んだ時から目論見としてあった。

中西 : 映画でも「宮崎駿=スタジオジブリが出したものは面白いぞ」っていう観る側の期待感、信頼感ってあるじゃないですか。このチームで仕事をするようになってから、そんな流れを作りたいという気持ちがどんどん盛り上がっていった。結果的にはそうなってきたと思う。他の写真家からも、「『ORDINARY』に影響された」という話も聞こえてきて、同業者からの意見はうれしかったですね。

- DreamLabo 5000で出力される色は中西さんのイメージに近かった?

中西 : 『ORDINARY』では藤原印刷さんがプロセス印刷(CMYK)で驚くほどいい仕事をしてくれました。単純にそれと比較できるものではないけどDreamLabo 5000 の出力はももともとRGBで出来ているデータを印刷のためにCMYKに変換する必要がないので、今の時代、モニターで見るRGBの発色に慣れた人の目に馴染ませやすいというのはあるかな。

三村 : 『Design 0』では1回ダミー本を作って、その色とモニター上の発色を比較しながらダイレクトに色味を調整して、即本番プリント。プロセス印刷だとCMYKで出力された色校正紙とRGBのモニターを見比べることになるので、実際に両者の色調を一致させるのはほぼ不可能です。DreamLabo 5000ではそれができちゃうのはすごい。

中西 : モニターで見ている色がそのままが写真集になると実感しました。『Design 0』では光沢用紙を使ってたので、銀塩プリントで言えばクリスタルプリントを本にしたみたいな感じ。 逆に言うと、ページをばらせば写真展にそのまま展示できるクオリティーだと思います。『Design』はラスターという用紙を採用しているので『Design 0』とはまた風合いが異なります。こちらも楽しみにしていただきたいですね。

- 最後になりますが、中西さんとこのチームの今後もファンの皆さんの気になるところだと思います。

中西 : そこは、そこに座っている(石川氏・三村氏)お二人に聞いてください。 あ、やる気がないわけじゃないですよ(笑)。

石川 : いいの、それで?勇気あるなー(笑)。真面目な話をすると、中西さんがすごいのは美瑛という風景写真の“ど”スタンダードな土地に軸足を置きながら、常に新しいことをやろうとしているところなんだよね。美瑛に移り住んで地元を撮っていたら、タイトルも “美瑛のなんたら” とか “丘のなんとか” みたいに美瑛を売りにしたくなるのが普通ですよね。それが『ORDINARY』とか『Design』ですよ。「だったらなんで美瑛に引っ越したの?」って話ですよ(笑)。そこは“ど”スタンダードの中だからこそ個性が光るという自信があったんでしょうねえ~。

三村 : そこが売れっ子のスター性じゃないですか?

中西 : やめてよ、なんか2人とも毒がある~(笑)。

石川 : いやいや冗談抜きにこれからは風景写真であっても、場所の持つ魅力に寄りかかるだけではだめで、これまで以上に個性が問われる時代になると思います。『Design』には風景写真の次の方向性が示されている。そんなふうにこれからも個性を光らせる仕掛けを中西さんといろいろやらせてもらえればと思っています。

三村 : 風景写真や写真集の在り方が転換期に来ていると思う。やっぱりどうしてもマンネリや飽きがあって『Design』でそれをひっくりかえせる可能性はすごく感じてます。ただ、3人が力を出し切ってやらないと変えられないし、これからも中西さんがひっぱってくれないとね。

中西 : みんながびっくりするような新しいことをやりたい。 大好きな美瑛というフィールドで写真を撮って世に出てこうとすると、今までの方たちと同じでは絶対ダメで、新たなレールを自分でひかなきゃ、と。その思いだけですね。

三村 : そういう意味では、僕らのチームは、撮る側の中西さんに新しい視点で風景を見る意識があって、僕らは僕らで見せ方を変えていこうと思っている。 その意識が出合ったことでいいものができていると思う。『Design』でさらにその意識、方向性を尖らせることができた。そこは振り切っていきたい。

中西 : 正直、そこを写真界で進めていくのに “三村 漢” の感覚がすごく重要だと思う。

石川 : このチームについて言えば『ORDINARY』作った時点で後に引けない状況になった(笑)。 次から次と新しいものを出していかないとね。

三村 : 三人の感覚が似ているんですよね。好みが近い。

中西 : チームでやることの意義がほかの写真家さんたちにも浸透していくと、もっともっと写真の世界は面白くなっていくと思います。僕も負けないように、これからも常にだれも見たことのない世界を目指します!

- ありがとうございました。

 中西 敏貴(なかにし としき)

1971 年大阪生まれ。
独学で写真を学びながら1990 年頃より北海道へ通い続け、2012 年、撮影拠点である美瑛町に移住。 光を強く意識した風景作品に取り組む一方、自然の中に造形的な美を見出す表現にも挑戦している。 写真集に『光の彩』『美瑛 光の旅』(いずれも青菁社)、『Power of Light』(桜花出版)、 『ORDINARY』(風景写真出版)がある。
http://toshikinakanishi.com/
日本風景写真協会指導会員


 石川 薫 (いしかわ かおる)

1963年東京生まれの大阪育ち。
株式会社風景写真出版・代表取締役。隔月刊『風景写真』編集長(偶数月20日発売・発売元ブティック社)。雑誌編集の傍ら、近年は写真展、写真集プロデューサーとしても活動する。主なプロデュース企画に『絶対風景 絶景でつづる日本列島』(2013年・FUJIFILM SQUARE他)、中西敏貴『ORDINARY』(2016年・リコーイメージングスクエア新宿他)、山本 学『Japanesque』(2017年・キヤノンギャラリー銀座他)ほか多数。
http://www.fukei-shashin.co.jp/


 三村 漢 (みむら かん)

アートディレクター・装丁家。1978年横浜市生まれ。
三村淳デザイン事務所を経て、2008年niwanoniwaデザイン&編集事務所設立。写真集や装丁、広告デザインや写真展構成、ブランドや個人のアートディレクションなど。写真ディレクションを得意とし、企画から印刷、販売まで関わることで、残るデザインの作り方を提唱。主な作品に、星野道夫『星のような物語』、植田正治『小さい伝記』、福田健太郎『泉の森』、小澤太一『ナウル日和』『レソト日和』、清水哲朗『NewType』、中西敏貴『ORDINARY』、小原玲『シマエナガちゃん』など装丁・写真集多数。日本大学芸術学部写真学科非常勤講師・カロタイプ講師。
http://www.niwanoniwa.com